広島地方裁判所 昭和42年(ワ)1108号 判決 1969年10月03日
原告 出本和久
<ほか四名>
右原告等訴訟代理人弁護士 椎木緑司
被告 橋根康旭
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 角田光永
被告 広島ダイハツ販売株式会社
右代表者代表取締役 松本明
右訴訟代理人弁護士 神田昭二
主文
被告橋根康旭、同三光産業株式会社は、各自原告出本ユリコに対し金二〇万円、原告出本和久に対し金一五万円、原告出本美和に対し金一五万円、原告出本楽二に対し金一〇万円、原告出本キクノに対し金一〇万円及び右各金員に対する昭和四一年一一月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告等五名の被告橋根康旭、同三光産業株式会社に対するその余の請求並びに被告広島ダイハツ販売株式会社に対する請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は、原告等五名と被告橋根康旭、同三光産業株式会社との間に生じたものはこれを五分し、その四を原告等五名のその余を被告橋根康旭、同三光産業株式会社の各負担とし、原告等五名と被告広島ダイハツ販売株式会社との間に生じたものは全部原告等五名の負担とする。
この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
第一、被告橋根、同三光産業に対する請求について
一、訴外出本義之が昭和四一年一一月一一日午后八時三〇分頃、広島県高田郡八千代町大字下根の国道五四号線の路上で死亡したことは当事者間に争いがない。そこで右義之の死亡が本件自動車との衝突に基因するものかどうかについて判断するに、≪証拠省略≫を総合し、弁論の全趣旨に徴すると、訴外義之は昭和四一年一一月一一日国道五四号線を原動機付自転車に乗車して道路左側を北進中、偶々右道路左側に置いてあった本件自動車に追突し、頭蓋底骨折により死亡したことが認められる。右認定に反する証人竹岡正秀の証言は前掲各証拠に照したやすく信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
二、そこで、本件事故が、被告橋根の過失によって生じたものかどうかについて判断するに、≪証拠省略≫を総合し、本件口頭弁論の全趣旨に徴すると、被告橋根は昭和四一年一一月一一日午后四時頃、本件自動車に土砂を積載して広島県高田郡八千代町大字佐々井の現場に向け進行中、突然本件事故現場附近で右自動車が故障して動かなくなったので勤め先の被告三光産業を通じて本件自動車の貸主である被告広島ダイハツに右故障車の牽引方を依頼したところ、被告広島ダイハツとしては時間的にも牽引に行くことは無理であるから被告三光産業の方で適当な措置を講じて貰い度い旨の回答があったが、被告三光産業としても牽引する空車がなかったので、翌日広島ダイハツに牽引して貰うこととし、折から夕刻が迫っていたのにかかわらず標識燈をつける等の措置を講ずることもなく、右故障車を事故現場附近の道路左側に寄せて置いたままにしていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、故障した自動車のごとき通行の障害物を人車の通行する車道上に放置しておくことは道路の通行の妨げとなるのみならず本件のごとき事故を生ぜしめる危険性があるから、被告橋根としては、本件自動車を牽引して空地等の適当な場所に駐車するか特に現場に至る手前で一見して障害物であることが明確に判別できる注意標識等を設置して事故発生の防止に万全の措置を講すべき注意義務があるのにかかわらず、かかる義務を怠り、慢然と同人が道路上に本件自動車を置いていた結果ついに本件事故を生ぜしめるに至ったものであるから、被告橋根が前記の注意義務に違背したことは明らかであって過失の責を負うべきものといわなければならない。
次に被告三光産業の責任の有無について検討するに、本件事故は、被告三光産業が被告橋根を使用し、同人が被告三光産業の業務を執行中発生したものであることは≪証拠省略≫によって肯認でき、右認定に反する証拠はないから被告三光産業は被告橋根の使用者として民法第七一五条により本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。
三、進んで本件事故によって生じた損害について判断する。
(一) 義之の得べかりし利益の喪失による損害
≪証拠省略≫を総合すると、訴外義之は、昭和七年一一月一三日生の男子で事故当時高間産業株式会社の運転手として勤務していたが、本件事故にあわなければ、今後少くとも平均余命年数の範囲内である満六〇才まで右勤務を継続し、その間毎月金三万二、〇〇〇円(年間三八万四、〇〇〇円)の収入を得ることができたであろうことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
他方、その収入を得るために必要な生活費の支出を免れたのであるから、得べかりし利益の喪失額を算定するについては右収入からこれを控除すべきところ、その額は原告等の主張する年間金一八万円と認める証拠はないから、全稼働期間を通じ平均して収入の五割とみるのが相当である。
そこで右義之の収入から生活費を控除した逸失利益の総額につきホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して合算し事故当時の価額を求めると金三一四万円(一万円未満切捨)となるから、右金額が義之の得べかりし利益の喪失による損害ということができる。
(二) 過失相殺
≪証拠省略≫を総合し、弁論の全趣旨に徴すると、本件事故現場附近の国道の幅員は八・二メートルありその左側に置いていた本件自動車の占めるところ(約一・九五メートル)を除いても六・二五メートルの幅があるから自動車の運行に特段の障害があったものということができないのみならず、その附近は東方(三次市方面)に向って約二六〇メートル、西方(広島方面)に向って約六〇〇メートル位は一直線に見透せる場所であり、しかもコンクリート舗装された平坦な道路であるから夜間でも通常の注意をしておれば本件自動車のごとき障害物は前方にて容易に発見しうる状況にあったにもかかわらず、義之は前方を十分注視せず相当のスピードで走っていたため通常ならば当然本件自動車の存在に気付くところ、これに気付かず、これに激突したことを推認することができ、他に右推認を妨げるに足る証拠はない。
そうだとすれば、義之の右前方注視義務等の解怠が本件事故の主因をなしていることは否定すべくもなく同人の右過失は重大なものといわざるを得ないから右義之の過失を斟酌すると、前記認定の得べかりし利益の喪失による損害中被告等にその責を負わすべき金額は金一〇〇万円をもって相当と認める。
(三) 義之の慰藉料
前記認定の本件事故の原因、態様、義之の過失、職業、生活環境等諸般の事情を斟酌すると、義之が本件事故によって受けるべき慰藉料は金五〇万円をもって相当とする。
(四) 相続
原告ユリコは義之の妻、同和久、美和は同人の子であることは当事者間に争いがないから、右原告等は義之の取得した前記(二)、(三)の損害賠償債権金一五〇万円を法定相続分にしたがい各自その三分の一に相当する金五〇万円宛相続したものというべきである。
(五) 原告等の慰藉料
本件事故によって、原告ユリコは夫を、同和久、同美和は父を、同楽二、同キクヨは四男を失ったのであるから、原告等が多大の精神的苦痛を被ったであろうことは、原告出本楽二本人の供述をまつまでもなく、推認するに難くない。原告等の精神的損害に対する慰藉料としては、本件事故の原因、態様、義之の過失等本件審理にあらわれた一切の事情を斟酌すると、原告ユリコにつき金二〇万円、同和久、同美和につきそれぞれ金一五万円、同楽二、同キクノにつきそれぞれ金一〇万円をもって相当と判断する。それを超える原告等の請求は理由がない。
四、ところで、原告等は本件事故につき、責任保険金一五〇万円を受領していることは原告等の自認するところであるから、原告等の損害賠償債権もその限度で消滅しているものというべきところ、右金一五〇万円は、特別の事情のない限り原告等主張のごとく、原告ユリコ、同和久、同美和に対し前記第三項(四)記載の割合によって支給されたものと解するのが相当である。
五、以上の次第であるから、原告等の被告橋根、同三光産業に対する本訴請求は、原告ユリコにつき前記第三項(四)、(五)の損害賠償金七〇万円から保険金五〇万円を控除した金二〇万円、原告和久、同美和につき前記第三項(四)、(五)の各損害賠償金六五万円から保険金五〇万円を控除した各金一五万円、原告楽二、同キクノにつき前記第三項(五)の各損害賠償金一〇万円及びこれに対する義之が死亡した日の翌日である昭和四一年一一月一二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるからこれを認容するが、その余は失当として棄却すべきである。
第二、被告広島ダイハツに対する請求について、
本件事故について被告広島ダイハツに自賠法第三条の規定による損害賠償義務が存するかどうかについて判断するに、同法第三条にいう「運行」とは自動車を原動機により移動する場合に限らず、停車中の戸の開閉、荷物の積下し等自動車の移動に密接関連する場合の事故であっても、その事故の発生と自動車の運行との間に相当因果関係がある場合には右の規定による損害賠償義務が生ずるものと解するのが相当である。ところで、本件事故は、被告橋根が本件自動車を運行の途中、故障して動かなくなったため、路上に放置していた間に発生したものであり、しかも同人が放置して自動車の許を立去った約数時間後に発生したものであることは前記認定のとおりであるから、本件事故は本件自動車の運行中に発生した事故でないことは勿論本件事故の発生と被告橋根の自動車運行との間に相当因果関係があるということもできない。
そうだとすれば、被告広島ダイハツは、その余の争点につき判断するまでもなく、本件事故につき、自賠法第三条による損害賠償義務はないというべきである。
なお、本件に現われた関係証拠を仔細に検討するも、いまだ被告広島ダイハツに、本件事故の発生につき法律上の民事責任を問いうる過失があったものと認めることができないので、同被告に対する原告等の請求は理由がなく失当として棄却すべきである。
第三、結論
よって、原告等の被告橋根、同三光産業に対する本訴請求は前記認定限度で認容するが同被告等に対するその余の請求並びに被告広島ダイハツに対する請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 塩崎勤)